単純ヘルペス（口唇ヘルペス）

定義・概要
単純ヘルペスウイルス（herpes simplex virus：HSV）の初感染または再活性化により、口唇およびその周囲に軽度の疼痛と水疱の集簇を生じる疾患。大部分がHSV-1によるものである。

診察時のポイント
必ずしも水疱の出現している時期に受診するとは限らないため病歴をよく聴取する。ときに固定薬疹と鑑別を要するため、服薬歴や発症頻度も聴取する。またアトピー性皮膚炎や免疫抑制状態においては重症化するケースがあるため、基礎疾患の確認も重要である。

診断の流れ
口唇またはその周囲に小水疱の集族を認めることが口唇ヘルペスの臨床的な特徴である。しかしながら、まず前駆症状として掻痒や灼熱感などの違和感が出現し、その後浮腫性紅斑が生じて水疱を形成し、膿疱やびらん、痂皮を形成して約1週間で治癒するという経過をたどるため、実際の臨床では水疱を認めないケースにもしばしば遭遇する。その場合には発症の時期および水疱形成の有無をよく確認する必要がある。前駆症状である皮膚の掻痒や灼熱感のみで受診することもあり、初めて診察する患者であれば水疱形成時に再診してもらうことも場合によっては必要である。
重要な鑑別疾患としては、三叉神経領域帯状疱疹と固定薬疹が挙げられる。帯状疱疹では痛みの程度が強く、三叉神経の枝に沿った広範囲であることが重要な鑑別点であり、皮疹も口唇周囲にとどまらず、耳介後面や頭部被髪部に隠れている場合があるため、見逃さないように注意したい。また、習慣性の口唇ヘルペスと診断されている患者の中には、口唇に出現する固定薬疹が隠れていることがある。固定薬疹は表皮への炎症の波及が強く起こり時に漿液性丘疹から小水疱を生じるため、口唇ヘルペスと紛らわしい臨床像を呈する。疑った場合には服薬歴や、出現するタイミングなどを丁寧に問診して鑑別する。
口唇ヘルペスの検査として、Tzanck試験が有用である。Tzanck試験では水疱の被膜を破り、露出した水疱底にスライドガラスを当てるか、検鏡メス等で水疱蓋の内面および水疱の下床を撫でるようにして検体を採取し、スライドガラスに擦りつけて塗抹標本を作成する。ギムザ染色液で標本を染色し、10〜20倍の対物レンズで観察し、大きく膨らみ変性し封入体をもつ巨細胞（balloon cell）を確認する。Tzanck試験は帯状疱疹でも陽性となるので、必要であればイムノクロマト法を用いた迅速診断キットや水痘・帯状疱疹ウイルスの抗原検査キット、抗体検査で鑑別することができる。

鑑別疾患
【三叉神経領域帯状疱疹】臨床的には疼痛の程度が強く、また領域も広範囲であることから鑑別する。水痘・帯状疱疹ウイルスにより生じる。
【固定薬疹】原因薬剤の内服後、貨幣大程度までの領域に限局して、紅斑、丘疹、場合によっては小水疱を生じ、通常色素沈着を残して治癒する。原因薬の再投与にて繰り返し同じ部位に誘発される。
【接触皮膚炎】刺激性やアレルギー性に生じる。炎症が強く起これば水疱を形成することがある。
【尋常性痤瘡・毛包炎】毛孔に一致性に生じ、面皰を伴う。赤唇部には生じない。思春期の脂漏部位に好発する。
【カポジ水痘様発疹症】アトピー性皮膚炎などを背景に、口唇ヘルペスが口唇周囲に限局せず、水疱や浸出液を伴うびらんが頭頸部あるいは全身の広範囲に拡大した状態。ときに伝染性膿痂疹との鑑別を要する。