医療法人 玉田皮膚科 理事長
玉田 康彦 先生
愛知医科大学 皮膚科学講座 特任教授
大嶋 雄一郎 先生
2023年3月に原発性手掌多汗症の適応を有する抗コリン外用剤、アポハイド®ローション20%が承認され、6月に新発売となりました。アポハイド®ローション20%は原発性手掌多汗症の適応を持つ日本初※の外用剤となります。
※原発性手掌多汗症に対し効能又は効果を有する外用(保険適用)として
原発性手掌多汗症では過剰な発汗によって学習や仕事に影響を及ぼし生活の質(QOL)が低下しますが、医療機関を受診する患者は少ない状況です。「原発性局所多汗症診療ガイドライン2023年改訂版」の策定委員会の一員である大嶋雄一郞先生に、原発性手掌多汗症患者が悩んでいる現状と治療について解説していただきました。
原発性局所多汗症は発症の原因が不明であり、原発性局所多汗症診療ガイドライン2023年改訂版(以下、診療ガイドライン 2023年改訂版)では「頭部・顔面、手掌、足底、腋窩に温熱や精神的負荷、またそれらによらずに大量の発汗がおこり、日常生活に
支障をきたす状態」と定義されている1)。
本邦の原発性局所多汗症の有病率は、2009年12月〜2010年1月に実施された5,807人(5〜64歳)を対象としたアンケート調査によると12.76%であり、そのうち原発性手掌多汗症の有病率は5.33%であった2,3)(表1)。この調査結果から本邦の原発性手掌多汗症患者は約490万人、そのうち重症度を示すHDSSスコアが3又は4以上の重症患者は約230万人と推定されている。
ただし受診率の調査によると、原発性局所多汗症で医療機関を受診し治療を受けたことがあると回答した人は6.21%と少なく、受診率は男性5.02%、女性9.02%と女性の方が有意に高かった(p<0.05、カイ2乗検定)2,3,4)(図1)
当院の皮膚科外来診療において、原発性手掌多汗症患者からの訴えは「授業中や試験中など緊張したとき手掌からの汗が止まらない」「テスト用紙が汗で破れる」「就職してから業務に差し支える」「手がつなげない、握手できない」「スマホが手の汗で反応しない」「いつもタオルで手の汗を拭かないといけない」「今後の仕事や人付き合いにとても不安を感じている」などと様々であり、手掌の過剰な発汗がQOLの低下に関連し、学習や仕事に影響が及んでいることが伺われる。
実際に、原発性多汗症患者の全般労働生産性や全般勉学生産性は健康者の約半分に低下するという報告がある(図2)5)。しかし原発性局所多汗症患者の多くは医療機関を受診することなく、一人で悩んでいると考えられるため治療の啓発も必要である。
【調査方法】わが国で、2009年12月22日~2010年1月30日に、5~64歳を対象としたアンケート調査を実施し、有効な回答が得られた5,807名のデータを解析した。有症者に対する解析では、甲状腺機能障害など疾患を有する患者を除外した741名を解析対象とした。
原発性局所多汗症の診断にはHornbergerらの診断基準が用いられる1,6)。明らかな原因のないまま過剰な発汗が6カ月以上認められ、①発症が25歳以下、②左右対称性の発汗、③睡眠中に発汗が止まる、④週1回以上の多汗のエピソードがある、⑤家族歴がある、⑥それらによって日常生活に支障をきたす、という6項目のうち2項目以上当てはまる場合に原発性局所多汗症と診断される。
また多汗症の重症度(HDSSスコア)は自覚症状によって段階に判定され、そのうち「3.発汗はほとんど我慢できず、日常生活に頻繁に支障がある」と「4.発汗は我慢できず、日常生活に常に支障がある」が重症の指標となっている1,7)。なお当院では、換気カプセル法による定量的発汗量測定も行っている(表2)。患者の手掌から蒸散された汗を手掌で握ったカプセル内に取り込み、発汗量を数値化する方法であり、平均発汗量2mg/cm2/min以上を重症と判定する。
診療ガイドライン2023年改訂版における原発性手掌多汗症の診療アルゴリズムでは、第1選択は20〜50%塩化アルミニウム単純外用/ODT、または水道水イオントフォレーシス療法である6)。それらで効果がない場合はA型ボツリヌス毒素療法※a、さらに患者本人の強い希望によって外科手術である交感神経遮断術が行われる1)。
※a 手掌に対するボツリヌス毒素療法は保険適用外治療
塩化アルミニウム外用療法では、塩化アルミニウムは現在、保険診療に適用のある製剤がなく、院内製剤となる。当院では、塩化アルミニウム濃度の20%及び50%それぞれについてアルコールを含有する溶液と含有しない溶液、そして軟膏の計5種類の院内製剤を用意している。使用方法は就寝前に塗布し、十分な効果が見られないときはODT療法が行われる。副作用としてかぶれ症状など刺激性接触皮膚炎があり、発現した場合は治療の継続が難しくなる。
A型ボツリヌス毒素療法は、手掌の皮内にA型ボツリヌス毒素を注射する治療法である。コリン作動性神経終末にA型ボツリヌス毒素が選択的に作用し、アセチルコリンの放出を阻害して発汗を抑制する。ただし効果は永続的ではなく、皮内のA型ボツリヌス毒素が代謝され、約6カ月後に効果が減弱、消失するため再治療が必要となる。また注射時の疼痛緩和にアイスパックによる冷却や表面麻酔などを行う。
以上の治療法は手掌の他、腋窩、足底、頭部・顔面の原発性局所多汗症に共通するものだが、腋窩については診療ガイドライン2023年改訂版から抗コリン外用剤も治療の第1選択肢となった1)。また手掌については日本初※bの抗コリン外用剤、アポハイド®ローション20%が2023年6月1日より保険適用で使用できるようになった。アポハイド®ローション20%はオキシブチニン塩酸塩を有効成分とする外用剤であり、汗腺のムスカリン受容体にオキシブチニン塩酸塩が結合し神経終末から放出されたアセチルコリンをブロックすることによって発汗を抑制する。
※b 原発性手掌多汗症に対し効能又は効果を有する外用(保険適用)として
アポハイドcローション20%の使用方法は1日1回、就寝前に手掌の水分を拭き取り、適量(目安は5プッシュ)を左右の掌に全体に塗り広げるとなっている8)。使用時の注意点は、手掌に塗布した後に薬液が乾くまで布団や顔などに触れないようにすること、そして起床後に手を流水で洗い流し、手洗い前には顔や眼など塗布部以外に触れないようにすることである。また薬剤の保管時には子どもの手の届かないようにすることにも注意する。
抗コリン外用剤であるアポハイド®ローション20%は、学習効率や労働生産性の低下、対人関係への悪影響などに悩む原発性手掌多汗症患者にとってQOL向上のための新たな治療手段になり得ると考えている。
1)藤本智子 ほか: 日皮会誌 2023; 133(2): 157-88(. 原発性局所多汗症診療ガイドライン2023年改訂版)
2)Fujimoto T, et al.: J Dermatol 2013; 40: 886-90.
3)厚生労働科学研究費補助金(難治性疾患克服研究事業). 特発性局所多汗症の疫学調査、能血流シンチの解析による病態解析及び治療指針の確立. 平成21年度 総括・分担研究報告書. 研究代表者 横関博雄. p.29-46.
4) 梶 龍兒 総監修: 多汗症のボツリヌス治療. 診断と治療社; 2015.
5) 厚生労働科学研究費補助金(難治性疾患克服研究事業).特発性局所多汗症の疫学調査、能血流シンチの解析による病態解析及び治療指針の確立. 平成21年度 総括・分担研究報告書. 研究代表者 横関博雄. p.13-5.
6) Hornberger J, et al.: J Am Acad Dermatol 2004; 51(2): 274-86.
7)Stutton DR, et al.: J Am Acad Dermatol 2004; 51: 241-8.
8) 久光製薬株式会社: アポハイド®ローション20%添付文書.
各薬剤に関する効能又は効果、用法及び用量、注意事項等情報等については、それぞれの電子化された添付文書をご確認ください。
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